エール株式会社

Topics

慶應大学院SDM教授 前野氏とAbemaTVデータサイエンティスト 阿部氏をお招きした「データで語る1on1の実態と今後の展望」開催レポート

 
幸福経営×1on1
 

【Profile】
前野 隆司(まえの たかし)
 
1984年東工大卒、1986年東工大修士課程修了、1993年博士(工学)学位取得。キヤノン(株)、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授等を経て現職。研究テーマは、ヒューマンマシンインタフェースからシステムデザイン・マネジメント学、幸福学まで幅広い。著書に、『システム×デザイン思考で世界を変える』、『幸せのメカニズム』、『脳はなぜ「心」を作ったのか』『実践 ポジティブ心理学』など多数。

 

【Profile】
阿部 昌利(あべ まさとし)
 
早稲田大学・大学院で心理統計学を専攻。ヒトの心理状態の定量評価に応用可能な「共分散構造分析」をはじめとした分析技法を習得。卒業後、帝国データ・コロプラでデータ分析の職務に従事。日本銀行のレポート向け分析プロジェクト、団体スポーツの予測システムでの特許取得など幅広い分野での実績を積み、現在はAbemaTVのデータサイエンティストとして活躍。最近では、ヒトの心理状態に関わるデータ取得が盛んになってきたこともあり動向を注視している。

 
 
誰に何と声を掛けられると、人は前向きな気持ちになれるのでしょうか。ここ数年、チームマネジメントの手法の一つとして「1on1」を導入する企業が増えてきましたが、「1on1」も本質的には一人ひとり違った個性を持つ、人と人とのコミュニケーション。
 
本音をどう聞き出せばいいのだろう、実施状況を把握できずPDCAを回せていない、1on1の効果測定はどうしたらいいのだろう……。1on1を運用し始めると、十人十色な悩みが次々と生まれてくるのが現実です。
 
クラウド1on1サービスを手掛けるエールでは今回、2名のゲストスピーカーをお招きして、1on1について掘り下げるイベントを実施しました。一人目は「幸福学×経営学」の第一人者で、慶応義塾大学大学院SDM教授の前野隆司氏。二人目は、現在「AbemaTV」でデータサイエンティストとして活躍している阿部昌利氏です。
 
前野さんからは「幸福学×経営学」の観点から、そもそもなぜ企業に1on1が必要なのかをお話いただき、阿部さんにはエールが2年間に渡り蓄積してきた1on1データを分析いただき、有意義な1on1に近づくためのヒントを共有いただきました。

 

「健康」には気を遣うのに、「幸せ」には気を遣っていない

 

幸福感とパフォーマンスの関係
 
「幸福学というと、ちょっとうさん臭く聞こえるかもしれません。けれども、最近ではこんなエビデンスが得られています。幸福に働いている人はそうでない人の3倍創造性が高く、生産性が1.3倍高く、寿命が10年長い。売上においては37%増加します。これらの数字から、幸福感が働く上でいかに重要かがお分かりいただけると思います」
 
前野さんはこう切り出し、企業が幸福に目を向ける理由について順に説明しました。幸福学は、英語で「well-being and happiness」。幸せというと「happy」と結びつきやすいですが、「happiness」は感情的な幸せで、「well-being」はもう少し根源的な「よい在り方・よい状態」を表します。幸福学は、表に出てくる感情だけでなく、健康と幸せを包含する概念なのです。
 
社会人は、健康に気を遣う人は多くても、「幸せ」に気を遣うことを忘れがち。予防医学の観点からいうと、健康であることと同じくらい、幸せであることも疾病と深いつながりがあります。働く人たちはもっと「よい状態」に目を向けた方がよいのではと、前野さんは問いかけました。
 
well-beingの科学は予防医学(ともいえる)
 
「では私たちは、どう働けば幸福感を得られるのでしょうか。答えは、ちょっと意外かもしれません。“複雑なこと”をするのです。製造業中心の産業構造だった頃は、単純作業が中心でした。けれども人間はロボットではありません。単純作業からは『ミス』が生まれるが、複雑な仕事からは『やりがい』が生まれる。人間はどうやら、複雑なことの方が得意らしいのです」
 
前野さんは「働き方改革」の捉え方にも言及。働き方改革の現状は「残業禁止」や「雑談禁止」といった目の前の業務を削減しようとしています。前野さんは反対に「どんどん雑談をしなさい」と提案します。幸福感と深いつながりがある生産性を、会話の無い職場で高めていくことは難しいからです。貴重な勤務時間の一部を使って前野さんが1on1を勧める理由は、「1on1をすると幸福になる確率が高まる」から。
 
話の内容に関しても、「そもそも」を語るのがオススメなのだそう。「そもそも」を語る会話とは、「そもそも、うちの会社のビジョンは○○だ」とか「そもそも、私はこんな人生にしたい」とか、深くて大きな命題のことです。人間は複雑な生き物なので、深い話をすればするほど幸福度は高まるといいます。

 
 

幸せでいるための4つの条件

 
では“そもそも”、幸せとは何なのでしょうか。前野さんは、組織における幸せについて4つの因子で定義しています。
 
4つの因子
 
第1因子は、自己実現と成長の因子、題して「やってみよう因子」です。前野さんの研究によると、組織の中で幸福度が高い人に共通していたのは「やってみよう因子」が高いことでした。人は何かに挑戦しようとするとき、ドーパミンが出て幸福度が高くなるということです。人から命令され「やらされ感」で仕事をしているうちは、幸福度も低く、創造性も生産性も低いまま。部下に作業を命令するのではなく、「これは任せた!」と任命した方が仕事の効率や幸福度が高くなるといいます。
 
第2因子は「ありがとう因子」、つまり、つながりと感謝の因子です。今日から急に目標を持つことは難しくても、誰かに感謝することならすぐに始められるはずです。さらに、感謝する人は感謝されます。誰かに「いつもありがとう」ということで、「私の方こそありがとう」と言われる。すると、セロトニンやオキシトシンという愛情ホルモンが放出されるのだそう。
 
第3因子は、前向きと楽観を表す「なんとかなる因子」。日本人は世界で最も心配性な民族で、約9割はセロトニンが出づらい体質なのだそう(なお、アメリカ人は約2割)。それでも、ポジティブさは未来の不透明な今の時代にこそ大切な要素です。そこで前野さんは、第2因子と掛け合わせることを提案。誰かとつながり、人間関係を育むことで心配を減らしていけるそうです。
 
第4因子は、独立と自分らしさの因子で、「ありのままに因子」と呼ばれます。日本には「出る杭は打たれる」といった言葉もあるように、社会や他人の目を気にする文化があります。会議中に意見を求められても「間違っているのではないか」と思うと発言できないもの。心理的安全性という言葉も広まってきましたが、組織はありのままにいられるための環境を整えることが大切です。
 
以上の4つが揃っていることが、前野さんが定義する「幸せ」。なかでも、2の「感謝やつながり」は日本ならではの幸せの文化だといいます。つながりがあるから、成長ができて、ポジティブになれて、自分らしくいられる。職場において対話がいかに重要であるかが論理的にも理解できるセッションとなりました。

 

有意義なセッションに共通していた3つのキーワード

 

abe
 
続いて、AbemaTVでデータサイエンティストとして活躍する阿部昌利さんに登壇いただき、「効果的な1on1をするためには?」を考える実践編に。
 
エールの1on1事業では、週に1回30分「YeLL」のサポーターと企業のメンバーがオンライン1on1を実施します。企業側からもサポーター側からも「KPIの設定が難しい」「人事データとしてどう活用したらいいか」など、1on1に関するさまざまな悩みが出てきます。なかでも最も多い悩みが、「続かない」「難しくて、上手くできない」というものでした。
 
1on1が上手くいかない理由として、上司が1on1を体験したことがない、プレイングマネジャーの割合が高くマネジメントに注力できない、部下育成より目標達成を優先してしまう、「対話」以前に「相談」や「雑談」すらできていない、上司と部下の利害関係が邪魔してただのダメ出しになってしまう、などが挙げられます。
 
「YeLL」の1on1では、セッション終了後にユーザーに有意義度を答えてもらっています。これまでの調査を阿部さんが分析した結果、有意義度が高いセッションほど、前出の前野さんが定義した「やってみよう因子」「ありがとう因子」「ありのままに因子」の向上が見られました。言い換えると、有意義度が上がれば、ウェルビーイング度も高くなると言えます。
 
阿部さんが有意義度で9点と10点(10点満点中)を獲得した362セッションに着目したところ、これらの有意義度の高いセッション(=グッドセッション)には、ユーザーアンケートにおいて3つの要素が頻繁に見られることに気付きました。グッドセッションにおいて出現頻度の高い単語を並べると、①「自分/自身」②「話」③「アドバイス」という単語がよく使われていたのです。
 
有意義なセッションの理由に登場する単語は”自分”
 
まず一つ目の「自分/自身」という単語がグッドセッションで多く使われるということは、自分という存在を客観視できたからではないか。成長のためには、主観と客観をバランスよく保つことが大切で、そのためのヒントが得られるセッションだったのではないかと阿部さんは推察しました。
 
二つ目の「話」においては、セットで使われている単語も調べたところ、「できた」が上位に上がりました。率直に「話ができた」、将来の「話ができた」、自分はどうしたいかの「話ができた」など、そもそも考えてきたことを口に出して言えたということが有意義度につながることが分かりました。
 
三つ目の「アドバイス」が感想で使われるセッションでは、サポーターのメッセージが、ユーザーに指摘や批判ではなく「アドバイス」と受け取ってもらえたことが示唆されています。対話の中では、話し手にも聞き手にもリテラシーが求められます。聞き手が素直に「アドバイス」として受け取られるような、ありのままでいられる環境を二人で創り出せていたことが高評価の一因につながりました。
 
有意義度ごとのアドバイス
 
では、どのようなアドバイスが有意義と感じてもらいやすかったのでしょうか。有意義度が5~6点の場合は「手続き的なアドバイス」をされた場合。ルールに関すること、スケジュールに関することなどがそれに当たりますが、それほど有意義度アップにつながるとは言いづらいようです。続いて7~8点の有意義度の場合には「専門的なアドバイス」を得ていることが分かりました。経験や知見に基づき、役に立つ実践的な助言がこちらに該当します。そして最高得点の9~10点では、ユーザーは「人間的なアドバイス」を受けていました。背中を押してもらえたり、もやもやを軽減してくれたりする、言わば“深イイ話”を聞けたときに、最も有意義と感じやすいのだそうです。
 
1on1という手法が徐々に広まりつつありますが、その方法に正解はありません。しいて言うなら、正解のない「良い1on1」を追求し続ける姿勢が、「良い1on1」を生むのかもしれません。前野さんと阿部さんの話を通して、参加者それぞれが1on1に真剣に向き合う時間となりました。1on1が幸せに働く人がさらに増えていくきっかけとなれば幸いです。
 
文/ニシブマリエ