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2018年度人間力大賞 内閣総理大臣奨励賞受賞のSilent Voice尾中氏をお招きした「幸せに働く技術/コミュニケーションの本質とは」開催レポート

Silent Voice 尾中1
 

【Profile】
尾中 友哉
 
株式会社およびNPO法人「Silent Voice」代表。1989年、滋賀県出身。聴覚障害者の両親を持つ耳の聞こえる子どもとして、手話を第一言語に育つ。大学卒業後、東京の大手広告代理店に勤務。「自分にしかできない仕事とは?」について考える。2014年から聴覚障害者の聞こえないからこそ身についた伝える力を活かした企業向け研修プログラム「DENSHIN」や、聴覚障害・難聴のある就学児向けの総合学習塾「デフアカデミー」を展開。社内の多様性の経験をもとに企業のダイバーシティ事業部にもコンサルタントとして参画。聴覚障害者の強みを生かす社会の実現に向けて活動している。2018年、青年版国民栄誉賞といわれる人間力大賞(主催:日本青年会議所)にてグランプリ・内閣総理大臣奨励賞および日本商工会議所会頭奨励賞を受賞。

 
 
「多様性」が社会のキーワードになってしばらく経ちますが、多様な人たちの中で働くことは口で言うほど簡単ではありません。自分と違う考え方をする人にフラストレーションを感じたり、バックグラウンドの違う人に過度に気を遣いすぎてしまったり。時には意図せず人を傷つけてしまうこともあるでしょう。生きていれば、どうしたって誰かと関わる必要があり、そこには必ずコミュニケーションが発生するものです。
 
今回エールでは、株式会社Silent Voice代表の尾中友哉さんをお迎えし、「多様性の中で“違い”を活かす仲間づくり方法論 〜聴覚障がいの世界から見るコミュニケーションの本質とは〜」と題したイベントが開催されました。
 
皆さんは「デフ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。英語で「deaf」は聞こえない、聞こえにくい状態のことを表しますが、主に聴覚障害者の方々のことを指す言葉でもあります。
 
尾中さんは、聴覚障害のある両親のもとで生まれ育ち、その経験をもとに『無言語コミュニケーション研修プログラム』や、特にコミュニケーションに壁の生まれやすい『聴覚障害者雇用コンサルティング事業』などに取り組んでいます。それらを通して見えてきたコミュニケーションの本質について、お話しいただきました。

 

コミュニケーションの第一ステップは、「思い込み」を無くすこと

 
「多様性」が社会のキーワードになってしばらく経ちますが、多様な人たちの中で働くことで人は自分との違いを知り、その違いに対して様々な感情を持ちます。ここで大事なポイントになるのが、アンコンシャスバイアスと呼ばれる「思い込み」。つまり、「こうするのが当然だろう」という無意識のバイアスのことです。
 
YeLL-onaka
 

尾中さんは一つのエピソードを紹介。尾中さんが運営する聴覚障害・難聴児専門の総合学習塾『デフアカデミー』での出来事です。
 
「一人の生徒が買い物に行ったとき、『僕は聞こえないから、お店の人に聞けない。助けて』というのです。つい助けたくなるのですが、私はこういうとき、ぐっと我慢するようにしています。なぜなら、“お店の人に聞けない”のは、本当に耳が聞こえないことが要因なのか、その子自身が考える必要があると思ったからです」
 
聞こえる、聞こえないといった身体機能面の問題ではなく、その生徒自身の「音が聞こえなければ、人に助けを求められない」という思い込みの問題なのではというのが尾中さんの意見でした。聴覚障害や難聴を抱える本人が、助けを求める自分の「主体性の問題」と気付いてさえしまえば、周囲も積極的かつ具体的に関われるようになる。『デフアカデミー』では、聴覚に困難を抱えた子どもたちが、将来それぞれの人間性や能力を発揮できるようになることを目的に運営をしているのだそうです。

 

”弱み”を持つ人は、”強み”を持つ人でもある

 
「何かを失った人間は、同時に何かを得ているのでは」
 
尾中さんはそのように話します。尾中さんが学生だった頃、同級生に車イスで生活する子がいたそうです。年に一度のスポーツテストで、車イスの彼は多くの競技を欠席する中、一つだけ学年で一番をとります。それは「握力」でした。
 
「僕たちは階段を上がるとき、脚で一段一段あがっていきます。彼の場合はスロープを上がることになりますが、腕の筋肉を使って登っていく。だから、学年一の握力が身に付いていたんです。そんな風に、一見弱いことから強みが生まれていくんだと知りました」

Silent Voice 尾中3
 
とはいえ耳の聞こえない両親のもとで育った尾中さんも、さまざまな葛藤と戦ってきたのだそう。「感動的なストーリーだけが切り取られて語られますが、実際には、良いことから良くないことまで色々なことが起こります。自分に対して、社会性や人間性が欠けている人間なのでは、という感覚を抱くこともありました」と話します。
 
それでも、尾中さんは滋賀県に住むご両親のことをとても誇らしげに紹介します。なんでも尾中さんのお母さんは、聴覚障害という壁をものともせず、喫茶店の店主としてお店を営んでいるのだとか。喫茶店に訪れるお客さんは、筆談やオリジナルの手話でオーダーをします。お母さんに聴覚障害があることを知らずに「すみません」と呼びかける人がいると、別のお客さんが「紙に書いてオーダーするんだよ」と伝え、助け合いの輪が自然と広がっています。
※尾中さんのお母さんが経営する喫茶店は、昨年NHK HUMANで「耳が聞こえない店主のにぎやかな喫茶店」として紹介され、HUMAN大賞2018を受賞されています。(以下の動画もぜひご覧ください)

 


 
お母さんが喫茶店をやりたいと言ったとき、周囲の人は全員「無理だ」と反対したのだそう。そのときのことを振り返りながら、尾中さんはこんなエピソードを紹介してくれました。
 
「こないだ、喫茶店の近くにスターバックスコーヒーがオープンしたんですね。さすがにお客さんたちはスターバックスに流れるだろうなと心配していると、母は『客層が違うから問題ない』と言うのです。数年前までは“客層”なんていう言葉も知らない主婦だったのに、驚きました。確かに、母のお店に来ているお客さんは単に飲食や居場所のためという人は少ない。母の持ち味がそこにあるなと感じました」
 
聞こえないハンデがあるから、より聞こうとする。コミュニケーションは、音声による言葉だけではないんだと尾中さんは伝えたいのだそうです。

 

コミュニケーションは“言語”だけではない

 
聴覚障害を持つ人は、自分が口から発する音も正確に捉えきれないこともあり、音声での会話が円滑にはいきません。基本的には、口の形を見たり、手話や筆談でやりとりをすることになります。けれども、ジェスチャーや表情や目線など、コミュニケーションのヒントは言葉以外のところにも溢れている。彼らの非言語コミュニケーション力の高さは、言語コミュニケーションを中心とする人たちと比べ物にならないといいます。
 
Silent Voice 尾中4
 
ここで、会場では声や言葉を用いない“無言語の”ワークが行われました。4~5人で1グループになって、お題に沿って、言葉を使わずに表現し合います。終了後の参加者の感想は「伝わることって、こんなに嬉しいんですね」といったポジティブなものが多数。それから、「伝わらないと、同じ行動を繰り返してしまう」と自身の行動を分析する参加者の方もいました。これに対し尾中さんは、「同じ行動を繰り返すのは語彙と一緒」と指摘します。
          
「伝わるまでの行為の中で、一つの語彙が伝わらないときは他の語彙で言い換えをします。ところが、一つの語彙しか知らなければ、言い換えができない。無言語のワークショップから日常のコミュニケーションにも共通する気づきを新鮮に得ることができます」
 
さらに、「否定的な雰囲気を出すことは簡単でも、肯定的な雰囲気を出すのは難しい」といった感想も。ポジティブなコミュニケーターになるためには、やはり表情が重要。人の話を朗らかな表情で聴いたり話したりしながら、伝えたいことが合っていたら「そう!」と全身で表現する。こういったコミュニケーションがとれることは、グループの心理的安全性にもつながっていくという説明があり、参加者の方々は納得した表情を見せました。
 
思い込みを無くすこと、人の強みに目を向けること、そして伝えようとする姿勢・聴こうとする姿勢をしっかり身体で表すことが心地よいコミュニケーションを生んでいるということ。それらを身をもって体験できるイベントとなったように思います。
 
文/ニシブマリエ